アヴェスタとアシャの記憶:聖典に残された影
ザラツゥストラの生涯とアシャの関わり
『OAHSPE』第20書「神の言葉の書」には、ゾロアスター教の開祖であるザラツゥストラの伝記とも言える記述があり、その壮絶な40年の生涯が描かれています。
このザラツゥストラの人生において、誕生から最期まで常に深く関わった人物がアシャでした。アシャとの関係を理解するには、まずザラツゥストラの生涯を辿る必要があります。
ソーチ王とオアスの時代背景
ザラツゥストラはパーシー(後のペルシア)の大都市オアスに生まれました。当時(紀元前7700年ごろ)、オアスは複数の都市を支配下に置く都市国家で、ソーチ王のもとで強権的に統治されていました。
ソーチ王は戦争を好み、敵国の捕虜を処刑し、その遺体を城壁に晒すなど、苛烈な威圧政策をとっていました。このような風潮を、神イフアマズダは深く嘆き、パーシーのすべての国家を滅ぼす決意をします。
神の計画とザラツゥストラの誕生
イフアマズダは、かつて存在していたイヒン人の血と、イフアン人を掛け合わせた混血を何世代にもわたって繰り返し、聖人となる子を誕生させました。それがザラツゥストラです。
ザラツゥストラの母はトーチェ、父はローブといい、トーチェは「スイ(神の声を聞く者)」でした。トーチェは神の意志によって妊娠したと信じ込み、人々にもそう語っていました。この噂はソーチ王の耳にも入り、王はその真偽を調べるよう娘婿のアシャに命じました。
神との邂逅:赤子ザラツゥストラの言葉
アシャがトーチェを訪ねたとき、授乳中の赤子が突然語りかけてきました。それは人間の子ではなく、イフアマズダが直接語っていたのです。
「私はイフアマズダです。この子の唇が話したのではなく、私が語っています。この子には性別がありません。彼はイエシュアであり、熱情を持たぬ存在です。」
アシャは当初、嘘だと断じましたが、神の声を通じて真実を知り、ソーチ王に報告しました。これがアシャとザラツゥストラの最初の出会いでした。
トーチェの逃避とアシャの覚悟
その後、ソーチ王はトーチェ母子の捕縛を命じましたが、神の啓示により彼女たちは「山羊の森」へ逃れました。怒り狂ったソーチ王は、オアスのすべての赤子を殺すよう命じ、自身の孫もその対象に含まれていました。
王に諫言した唯一の人物がアシャです。アシャは、自らを虚言者として処刑し、命令を撤回するよう進言しました。結局、王は決断できず、処刑延期を告げましたが、それが引き金となって民衆が暴徒化し、王とその側近は命を落としました。そして、民衆は勇敢なアシャを新たな王として迎えました。
ザラツゥストラの使命とアシャとの再会
山羊の森で成長したザラツゥストラは、神イフアマズダからこの世界の惨状を知り、戦争を終わらせる使命を授かります。彼はオアスに向かい、王となっていたアシャと再会します。
アシャは、目の前に現れた青年がかつての赤子であることに驚きます。ザラツゥストラは神とともに、戦争を終わらせる使命を語り、アシャを説得しました。かつての神の言葉を思い出したアシャは、彼の協力を誓います。
聖典の編纂と説法の旅
ザラツゥストラは再び山羊の森に戻り、神イフアマズダとともに平和のための律法、すなわち「人類最初の聖書」の編纂に取り掛かりました。これには10年以上を要し、その間アシャ王は焦燥を感じる場面もありましたが、完成した書を受け取ると、国内に広めることを快諾し、退位してザラツゥストラに師事しました。
その後、ザラツゥストラはパーシー各地を説法して回りますが、当時の為政者たちは彼の教えを拒み、命を狙う者も現れました。神イフアマズダの助力で危機を乗り越えつつ、彼は布教を続けますが、心には葛藤を抱えていました。
最期の旅と死
ザラツゥストラの説法はついに終盤を迎え、最後の地は生まれ故郷オアスでした。神は天界への帰還を準備しており、彼の死はすでに定められていたのです。
ザラツゥストラはアシャと最後の晩餐を交わした後、オアスへ向かい捕縛されます。アシャは旧友として助命されましたが、ザラツゥストラは処刑されます。そして、民衆の怒りが爆発し、ポニャ王は殺されました。
アシャの軌跡と聖典改竄の痕跡
ザラツゥストラの一生に寄り添い続けたアシャは、まさに「揺りかごから墓場まで」を共にした存在でした。
現在の聖典『アヴェスタ』には、善を司る神「アシャ・ワヒシュタ」が頻繁に登場しますが、それは後にアフラマズダが自らを創造主とするため、ザラツゥストラとイフアマズダが記した原典を改竄した影響だと考えられます。
元来、原典アヴェスタは以下の三柱から構成されていました:
- 創造主オーマズド(全人格)
- 神イフアマズダ(イフアン人の神)
- 聖人ザラツゥストラ
「全人格」としての創造主は善悪すべてを包含し、その不完全性を補完するため、神々は合議制(ディヴァン法)を採用しました。アムシャ・スプンタ諸神は、アフラマズダがこのディヴァンを模して構成した神々の政府なのです。
こうした背景を念頭に置きながら、現在のアヴェスタを読むことが重要であると考えられます。

ザラツゥストラの遺言とアヴェスタ原典の痕跡
アフラ・マズダとアムシャ・スプンタ諸神
現在のゾロアスター教聖典『アヴェスタ』では、アフラ・マズダが至高神とされ、その配下には「アムシャ・スプンタ」と呼ばれる神々が位置づけられています。
その中で「アシャ(善き秩序)」と「ウォフ・マナフ(善き思考)」は、しばしば対比または並列される神格です。どちらが優れているということもなく、通常であれば文脈上は両者が併記されるべき関係にあります。
不自然な記述:ヤスナ第33章14節
ところが、『アヴェスタ』ヤスナ第33章14節では、次のような文が記されています。
ザラスシュトラは自分自身の命をも,贈り物として,
引用:『原典完訳アヴェスタ ゾロアスター教の聖典』野田恵剛訳、国書刊行会
善思と行と語の優越性を,従順と支配力を,
マズダーとアシャに捧げます。
ここで注目すべきは、「善思」という言葉が含まれているにもかかわらず、それを司る神ウォフ・マナフが登場していない点です。代わりに、捧げられているのはマズダ(アフラ・マズダ)とアシャの2柱だけとなっています。この構成は文脈上、極めて不自然です。
ヤスナ第33章の構造とテーマ
この第33章は、以下のような構成になっています:
節 | 内容の概要 |
---|---|
1〜4節 | 義者の人物像と牧地の管理、悪の追放 |
5〜13節 | 義者が神々に供物を捧げる理由と意義 |
14節 | ザラツゥストラが命をマズダとアシャに捧げる |
この章の一貫したテーマは、義者(正義を実践する者)がアムシャ・スプンタ諸神の助けを受けて正義の道を歩む、というものです。その中で、最後の14節だけが特異な文脈を持っており、全体の流れからも浮いて見えるのです。
ザラツゥストラの遺言と“命の捧げ先”
14節は、ザラツゥストラの「遺言」にも等しい言葉です。この場面を想起させるのが、ザラツゥストラが故郷オアスで最後の説法を行う直前、仲間たちと過ごした「山羊の森」での最後の晩餐です。
このとき、彼自身はもう戻れないことを悟っていました。そして、大天使フラガパッティもすでに地上に降臨しており、ザラツゥストラの霊魂を死後に上天へ導くと決めていました(『OAHSPE』第19書「フラガパッティの書」第41章参照)。つまり、彼の死は確定しており、それを本人も理解していたのです。
命を捧げた真の対象
そう考えると、「マズダとアシャに命を捧げる」という言葉は、現行アヴェスタでいうところの“アフラ・マズダとアシャ”ではなく、ザラツゥストラにとっての実体的な2柱――つまり、神イフアマズダと、彼の信徒であり心の友でもあったアシャという人間を指していた可能性が高いと考えられます。
アシャは、ザラツゥストラの生涯を最初から最後まで見守った存在でした。だからこそ、自分の命を捧げるという場面で、彼の名が出てきたのだと思われます。
原典の影:改訂された痕跡

このように見ると、ヤスナ第33章14節の文脈は、現行のアヴェスタ教義と齟齬があります。むしろ、この節だけが原典から転用された一節であり、アフラ・マズダの教義ではなく、ザラツゥストラとイフアマズダの思想が反映された箇所であると推察できます。
現代に伝わる『アヴェスタ』を読むときには、こうした原典の痕跡を慎重に見極めながら、その背後にある歴史的・宗教的意図を読み取ることが重要ではないでしょうか。
参考文献, 使用画像
図書 | 著者 | 出版社 |
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原典完訳アヴェスタ ゾロアスター教の聖典 | 訳:野田恵剛 | 国書刊行会 |
OAHSPE ”A New Bible in the Worlds of Jehofih and His angel embassadors.” | John B. Newbrough | OAHSPE PUBLISHING ASSOCIATION |
画像:stable diffusion(model:epicRealism)より生成
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