善行に報酬は不要──創造主に仕える心
紀元前7,000年頃、ザラツゥストラが活動していた時代、パーシー(後のペルシア)の中心都市オアスのアシャ王と、彼に宿る神イフアマズダとの対話が記録されています。
神イフアマズダはザラツゥストラと共に聖典を編纂し、それをアシャ王に献呈しました。目的は、その聖典をパーシー国内に広めてもらうことでした。ところがアシャ王は「もしも私がこれを実行したら、あなたは私に何を約束してくれますか?」と、見返りを求めました。
その問いに対してイフアマズダは「何もありません!」と即答しました。創造主に仕えることに見返りはない。善行は契約でも取引でもなく、純粋に創造主への愛から生まれるものだからです。
おそらくアシャ王は「何の報酬もないのなら、なぜこの面倒なことを引き受けねばならないのか」と思ったに違いありません。しかし、まさにこの「見返りを求めない心」で受け入れられるかどうかが、霊的成長の分岐点であったのだと思います。
OAHSPEの教義には「見返り」という概念が存在しません。なぜなら、すべては創造主のものであり、人間は何一つ所持していないからです。したがって、善行に対して報酬や利益を期待すること自体が誤りであり、むしろその心こそが人を束縛するのです。
真の信仰とは、見返りを求めず、ただ光に仕える姿勢にあるのです。
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