【名言】赦しと愛が、霊的な「家」を築く。

結婚の契りと霊的責任──神々が語る夫婦の意味

ここでは、「結婚」、すなわち主のもとで契りを交わした一組の夫婦について語られています。

まず、結婚とは本来、神のもとで交わされる神聖な契約です。だからこそ、簡単に離婚してよいものではない、という考えが前提にあります。

引用された言葉──「妻を虐待する悪い男や熱心な男はいます。このことを全ての乙女たちは知らないのでしょうか?」──からも分かるように、神々もこの世界に悪い配偶者がいることを認めています。それでもなお、「結婚の契り」は神聖なものであり、簡単に反故にはできないのだというのです。

神々は、女性(あるいは男性)が誤って悪い相手と結ばれたとしても、その者の更生を期待しています。なぜなら、悪に染まった者を放置すれば、その霊魂はやがて闇に堕ちてしまうからです。霊魂は不滅であり、肉体が滅んだ後も結局は更生が必要になります。であれば、生きているうちから更生を促すことが望ましい──それが神々の願いなのだと思います。

それでもなお、相手から憎まれたり、苦しめられたりした時にこそ、次のような精神が求められます。

「たとえあなたが私を憎んだとしても、私はあなたに愛されるために、さらに善行を重ねます。
たとえあなたが私を殺したとしても、私は天界へ行き、あなたのために家を建てます。」

これほどの覚悟が、本来の「結婚の契り」には求められているのです。

ただし、悪い配偶者に殺された場合、その者の魂は霊的に重い報いを受けるでしょう。闇の霊魂(ドルジ)として彷徨うか、地獄で業火の責め苦を味わうことになるかもしれません。それでも、天界において「その者のために家を建てなさい」と言われているのは、赦しと慈悲の精神に基づいているのだと思います。

近年、日本では離婚が増加しているようです。もちろん日本の法律では離婚する権利があります。しかし、日本の法律は霊界には適用されません。

もし「不滅の霊魂」や「死後の継続した人生」を信じるのであれば、結婚の意義とは何かを今一度、深く考える必要があるのではないでしょうか。

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